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技術革新と戦いのロマン

どのあたりにロマンを感じるか

先のふたつの大戦ではいろいろな物語があった.戦争は短い間にドラマティックな出来事が良きにつけ悪しきにつけ頻発する.人生の縮図と言って良い.それら出来事の中で人々の心を打つのは不利な状況に陥りながらも知恵と勇気でそれを乗り越えた話だ.戦いの勝敗や敵味方に関係なく,このような話は尊敬の対象となる.不利な状況を生み出す原因はたくさんあるが,一般的なのが兵器の性能の優劣だ.性能の劣る兵器を使わざるをえない状況にあって,操る人の技量や勇気によってそれを克服したという話を聞いて感動した経験は誰にもあると思う.
ただし,最も感動的な話はおそらく知ることができない.そのような状況では当事者はふつう戦死してしまうからだ.感動的な物語を生む場というには戦争は重すぎる状況であることは忘れてはならない.かと言って戦争をタブー視して議論を放棄するのは避けたい.車にひかれて死ぬのも戦争で死ぬのも人に殺される死には変わりない.戦争による死だけを特別扱いする必要はない.戦争の悲惨な面と,少しだけある感動的な面を認識し,その上でそこから学ぶのが重要だと思う.

現代戦では古き良き時代のロマンはないのか

湾岸戦争以降の非人間的な戦い

1990年代の湾岸戦争あたりから,戦争は兵器の性能差によるワンサイドゲームの様相を呈し,もはや操る人の努力で性能差をはね返すことなどできないと思われるようになった.こうなると戦争は強者による単なる殺戮行為になってしまう.このような状況は今後も続くのだろうか.

技術のブレークスルーがロマンを生みだすこともある

航空機

第1次大戦と第2次大戦の初期までの空中戦では,機体の性能差を操縦技量で克服することができた.中後期において航空機の急降下時の速度差が100km/h以上になると遅い方の機体では勝つことが難しくなってしまった.これは武装が射程距離の短い機銃であったからだ.速い機体に乗っていれば敵に後ろにつかれても,数秒から十数秒の急降下で敵の射程距離から逃れることができる.操縦技量はあまり関係ない.大戦中後期の日本軍に対する米軍の優勢はこの事実に基づいている.数でも質でも不利になってしまった日本の航空兵の戦いは悲惨以外の何者でもなかった.
ところが後のベトナム戦争では空対空ミサイルの開発により,空中戦での速度による優勢はそれほど意味をもたなくなってしまった.ミサイルの速度は航空機より速く,かつ旋回性能は戦闘機には劣る.ミサイルを撃たれたときに降下してまっすぐ逃げるのは最低の戦術で,どうぞ撃墜してくださいと言っているようなものだ.死にたくなければ旋回して逃げる必要がある.ミサイルの登場によって,速度が遅い航空機のハンディがかなり解消されてしまった.ベトナム戦争ではプロペラ機のスカイレーダーがジェット機を撃墜したり,亜音速機のミグ17が,マッハ2級のファントムやサンダーチーフを撃墜したりしている.ミサイルという技術の登場で機体の性能差を操縦技量でカバーできる時代が再び訪れたのだ.これに気付いた米軍がTOP GUNを発足させたというのは有名な話だ.
その後,レーダーがさらに発達してしまい,優れたレーダーを持つ側が相手に気付かれないうちにミサイルを発射できるようになった.こうなると空中戦にもつれ込む前に決着が付いてしまうので,操縦技量が再度意味のないものになってしまった.
操縦技量が意味を持つ次の時代は来るのだろうか.おそらく来るだろう.ステルス技術やそれの派生技術によりレーダーが意味を持たなくなれば再び操縦技量の勝負になると予想される.

戦車

戦車戦の歴史は単純だ.状況変化は1回しか発生していない.第2次大戦までは性能差を乗組員の技量でカバーできていた.正面から撃ち合えば性能差に比例した結果にしかならないが,側面や背面に回り込めば弱小戦車でも重戦車をしとめるチャンスはあったのだ.この状況は戦車が魔法のようなFCSを搭載する1980年代までは続いた.
1980年代以降のMBTはまるで魔法のような光学式FCSを搭載し始めた.米国のM1,独のレオパルド2,英国のチャレンジャー2,仏のルクレール,そして日本の90式だ.これら光学式FCSは夜間や煙幕の中でも敵戦車を数千mの距離で認識し自動捕捉する,いったん捕捉してしまえば自車が移動しながら発射しても5割以上の確率で敵戦車に命中弾を与えることができる.これらの戦車が装備している120mm砲弾は600〜800mmの装甲貫通力を持っているから当たればどんな戦車も破壊できる.技術力に劣るソ連邦は最後の戦車T-80Uでもこのような高性能なFCSは装備できなかった.その結果,湾岸戦争やイラク戦争では多国籍軍の戦車が中東諸国のソ連製の戦車を一方的に撃破してしまった.
戦車戦が第2次大戦のような,操縦者の技量により勝敗が決まる戦いに戻るような技術革新はあるだろうか.光学センサーを妨害する技術が開発されればその可能性があるだろう.技術開発だけでなく,地形の利用も重要だ.上記の一方的な戦闘は砂漠の中東ならではとも言える.遮るものの少ない砂漠では相手に気付かれないように忍び寄ることは難しく,遠距離砲戦になってしまいがちだ.もし,日本の山岳地帯での戦車戦であったならば性能の劣るソ連製の戦車にも多少の勝機はあったかもしれない.

今後の戦いに備えて

戦争なんてものはすすんでやるものではなく,できればしないで済ませたいのだが,それでも家族や仲間を守るために無法者と戦わなくてはならない場合がある.最近の米国大統領の正気とは思えない言動を見ていると,将来あの国が何もしでかさないと誰が言えるだろうか.直接日本に攻めてこなくてもあの国がどこかの国を攻めたとばっちりが来ることもおおいに考えられる.また,国内の不満が広がっている中国や北朝鮮が,その不満のはけ口を外に向けるために戦争を始めることも十分に予想しておかなくてはならない.そのようなときに,無駄死にをしないためには現在の兵器の性能差をひっくり返すことができる新技術の開発をすることが最も有効だろう.大和魂は崇高ではあるがそれだけでは大切な人を守れない.大和魂を生かすためにも新技術が必要なのだ.