比例道
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diary/20070526

古川修氏、友里征耶氏を訴える

芝浦工業大の教授であり副業でライターをしている古川修氏が友里征耶氏を訴えた。今後の成り行きが注目される。両人はhi-Qコラムサイトに料理店評価のブログを書いている。古川氏のブログがこちらで友里氏のブログがこちらだ。読み比べると分かるのだが、古川氏の方は味についての記述が稚拙で少ない。友里氏は味や素材について深い知識を持ち、しっかり書いている。友里さんの方が確かな舌を持っていると思う。
私は幼いころは貧しく、その土地でとれた野菜や魚介類をあまり手をかけた調理をせずに食べていた。子供心に同じ種類でもうまい野菜とそうでない野菜は差が大きいなあ、うまい野菜はいくらでも腹に入るが、まずい野菜は食べたくないなあと感じていた。妙な化学調味料やファーストフードにさらされなかったおかげで結果的に舌が肥えてしまい、大人になったときには料理のうまいまずいがとても良く分かるようになってしまった。たとえばうに。私は25才になるまでうにを旨いと食っている人の気が知れなかった。私にとってうにはまずい物体でしかなかった。ところが、25才のときに青森で漁師さんから分けてもらった取れたてのうにを食べてからやっと分かった。これは旨いしろものだと。この旨いうにとまずいうにの区別ができていない人というのは味覚が未発達なのだろう。私の舌から判断すると、世のグルメ評論家は味覚が未発達でいい加減なことを書いている人がかなりいる。友里さんが批判しているグルメ評論家がおいしいと書いている店に行って失望したこと数知れず。この人たちは本当に料理の味が分かっているのかと思った。言い方は悪いが最近高価な料理を食べ始めた成金的な人は味覚が十分に発達できずに勘違いグルメ評論家になっている場合が多いようだ。味覚の優劣は子供の頃に何を食べていたかで決まってしまうから、これはいかんともしがたい。あとはタバコを吸うかどうかも味覚への影響が大きい。
古川氏と友里氏の裁判だが、味覚は友里さんが優れていても、法的には友里さんに勝ち目があるかどうかは微妙だ。裁判の論点はどちらが味覚が優れているかの勝負ではないからだ。場合によっては友里さん敗訴もあり得る。実力に優れる人が負けるのは見ていて忍びないので、ここはひとつ美味しんぼの至高と究極の対決のような味勝負で雌雄を決してもらいたいところだ。