比例道

イソップ寓話のアリとキリギリスに学ぶべき日本人

2024年12月22日 08:00 ・ 歴史 ・ 社会 ・ 読書 ・ 元の記事

ギリシャ語の原本ではキリギリスではなくアリとセンチコガネ(甲虫の一種)の組み合わせか、アリとセミの組み合わせである。後にファーブルが指摘したようにセミは冬まで生きないのでアリとセミの組み合わせは不自然だ。コガネムシも夏の間遊んでいる風には見えないのでピンとこない。結局、後の世の人が改変したキリギリス版がいちばんしっくりくる。

私はキリギリスのように生きたいと思った。自由に生きて、自分の面倒を自分でみれなくなったらのたれ死ねばよいだけのことだ。ただし自由に生きてみると、頭脳も身体も酷使するので、全力でキリギリスとして生きることは、やっていることはアリと同じだと今になってわかった。

日本は甘えの国なので、似非キリギリスだらけだ。何も考えずにほうけている日本の似非キリギリスは、自分で自分の面倒がみれなくなるとアリに面倒をみろと強制する。おいおい、のたれ死ぬ覚悟もなくキリギリスをやっていたのか。キリギリスの風上にもおけない連中だな。そんな似非キリギリスはイソップ寓話の通りにアリに迷惑をかけずに死ぬのが世の習いというものだ。

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