比例道
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機械技術者と数学者

現在金谷健一さん著の「空間データの数理」を読み込んでいる.カメラ画像の透視変換をきちんと学ぶためだ.この本を読んでいて思うのは,記述方法をこねくり回しているだけじゃないかということだ.これはこの本がダメ本という意味ではなく,この本で取り扱っている射影変換に使う線形代数がそういうものという意味だ.昔読んだ長沼伸一郎さん著の「物理数学の直観的方法第2版」では,第3章の行列式と固有値の解説において,「線形代数という分野は,もともとそれほど難しくない内容のことを,うまい表現方法を用いたことで数学の中で地位を占めたといった性格をもっており,内容それ自体よりも表記法のほうが独創的であったといえる.」と述べている.この主張が非常に的を得ていたと今になって実感している.
長沼さんの的確な指摘がなければ,金谷さんの本は「式の変形を延々と書くのは感心できない.この式の表す意味,変形の目的をまず述べたらどうだ.」と思って読むのを止めていたと思う.式の記述自体がテクニックであり,工夫点であることを教えてくれた長沼さんに感謝だ.長沼さんは難しいことを読者に分かってもらおうとする努力を厭わない.何が本質かを先に示してくれる.素晴らしい.
金谷さんの本は数学にきちんと取り組んでいる本の中では分かり易い本で,純粋な数学者が書いた本に比べると遥かに親切に書いてあるとは思うが,体裁を気にしているせいか,分かりやすく物事を伝えるという気持ちがまだ足りない.例えば,私が書いたならば6章の前に7章の序盤部分を解説する.7章での目的を先に述べて解析が難しいからN=1の場合を吟味してみましょうと6章の話に持っていく.こんな書き方をしたら文章上の論理記述のミスをなくすのは面倒かもしれないし.しかし,読む人の理解を助けるのならその方が大事ではないか.
金谷さんはその後「これなら分かる応用数学教室」「これなら分かる最適化数学」を出版した.これらの本はとても分かりやすい.ディスカッションと称する学生と先生の会話に中に数学の考え方のエッセンスが詰まっている.この部分の出来映えは長沼さんの著書にも匹敵する.今後もこのような分かりやすい本が多く出版されることを願ってやまない.
二流の数学者は細かいところに囚われすぎて全体を見失う傾向を持つ.そのことを指摘すると,前提条件で細かいところに限定している議論だからこれで良いのだと逃げる.情けない考え方だ.まあ,数学者の設計した飛行機や車には乗る気はない(そもそも彼らは何も作り出せない)から社会に実害はないのかもしれない.
私のような機械技術者は数学者とは対極に位置する考え方を持っている.まず本質を掴むことを最優先する.機械を学んだときに教授から「強度計算の結果は桁さえ間違えなければテストでは合格点を付ける.どうせ安全率(3〜5)を乗ずるのだから.」と教えられてひどく感動した.細かいことに囚われず,全体をみて「この機械は壊れるか否か」という事柄を感覚的に見抜く目=エンジニアリングセンスを持てということだ.感覚を重視するのは当時は単に恰好良いからだろうとしか思っていなかったが,最近になって深い意味があることが分かった.最新のスーパーコンピュータでも機械の強度を計算するのは相当に骨が折れることなのだ.また,モデリングの精度を高めないと計算自体も意味がないものになりがちだ.このような状況では,当然計算ミスや計算不足が起こりがちだ.誤った計算結果を盲信して飛行機や車を作ったら事故を起こしてしまう.これを防ぐには,「この計算結果は信用できるかどうか」を感覚的に見抜くことが大事なのだ.つまり,細かいことには囚われずに本質のみを見抜く目が機械技術者には求められている.