比例道

親が大事と普通に言える谷口功一氏がうらやましい

2022年4月6日 07:00 ・ 社会 ・ 元の記事
東京都市大学の教授である谷口功一氏の記事を読んだ。コロナ対策における行動制限の費用対効果が低いことを紹介していた。政治家は「人々が嫌がるかもしれないが必要なこと」を分かりやすい言葉で発し、そのようなリスクを取るべきと主張していた。
記事の議論は事実に即して展開しているので納得できた。記事とは関係なしにうらやましかったのが、谷口氏は自分の親が助かるのなら赤の他人の若者が死ぬとしても、親が助かる方を選ぶと明言していることだ。
私が直接知っている親は2人、妻の親を入れると4人、その人がどんな言動をしているかを知っているのは親戚の親や友人の親を入れても全部で10人。それらの親たちのうち7人は生きている意味がない人間だと感じている。残念ながら生きている方がよい3人のうち2人は私の血縁ではない。しかもその2人はもう亡くなっている。その2人は早死にしたから、よい記憶だけが残っているのかもしれない。
そんな訳で、赤の他人の若者が助かるのなら親が死んでもかまわないと私は思う。そもそも子から生きることを望まれる親というものは珍しいのではないかと思っている。10人という少ないサンプル数では「親は死んだほうがましな確率が高い」と言えないのはもちろん分かっている。自分の例が珍しいのか当たり前なのかを知りたいものだ。独立した大人1万人以上に聞いて「親が生きている方がよいか(親からもらう金はないものだとして)」を調べてみたい。
金勘定抜きでも親が生きている方がよいという人が多数派なら、私の例は珍しいということになる。いわゆる親ガチャに外れたということだ。

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