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2007/01/05
PC厄日
めずらしく年始に休まず仕事をしたせいではないと思うが,予想外のアクシデントに見まわれた.身の回りのPCが同じ日に3台故障した.華々しい順で言うと,まずPentiumMマシンの電源故障だ.突然ベーク板の焦げる匂いとじりじりと言う物が燃えるときの音がした.慌てて電源スイッチをオフにしたが,匂いはそのまま続いた.そして2度と電源は入らなくなった.ケースを明けると電源のスリットからまだ焦げた匂いが発生している.TDP21WのPentiumMにHDDは1台のみ,グラフィックスカードは使わず855GMEチップセット内蔵グラフィックスという最小構成なのに電源が逝くとは意外だった.
次はDual Pentium3-S機だ.わが家では最も高価なハイエンド機だが,fsckエラーで起動しなくなった.ジャーナル機能を持つreiserファイルシステムを使っているため,今まで多少のエラーは自動的にクリアしてきたのにどうしたことか.今回reiserファイルシステムに初めて手動fsckをかけた.ext2ファイルシステムでは単にfsckをかければ良かったのだが,reiserファイルシステムでは修復には--fix-fixableや--rebuild-treeを引数に与える必要があることを初めて知った.これが分かるまでに随分手間取った.fsckをかけて,とりあえず起動するようになったが,ファイルをいくつか失ったのだろう.アプリのいくつかが起動しなくなった.
最後はVAIO RX72Kだ.オンボードNICが死んでしまった.GigaPocketの動作も不安定だ.ハード異常かソフト異常か不明だが,NICとGigaPocketという無関係の異常が発生していることから,おそらくハード異常だろう.それもM/Bそのものが怪しい.
3台も一度に壊れたものだから,落ち着いて原因及明も修理の手当てもできず,ただただ,茫然とするのみだ.思い当る理由と言えば,故障が起きた日に別の3台のPCに引導を渡したことだ.どれも壊れている訳ではないが,旧式(Pentium100MHzクラス)なために廃棄することにしたのだ.部屋も手狭になってきているので保管しておくことを断念したのだ.バチが当ったのかもしれない.
修理の手当てを始めたいところだが,まずは全く動かないPentiumM機からだ.購入ショップに電話するとこのマシンはベアボーンのため,電源ユニットのみの販売はできないとのこと.電源を開けてみて,部品レベルでの修理しかできないとのことだ.電源を開けてもらうとそれなりの技術料が発生する.聞くと1万円を優に超えるとのこと.これは困った.電源交換ならネジを廻すだけで済むというのに.SFXでもATXでもない特殊形状の電源なので独自に入手するのは困難だ.うーむ,自分で開けて焦げた部品を変えるか.しかし,基板も焼けているので部品交換だけでは済まなそうだ.今回は通常のATX電源を外付けで使うのが良さそうだ.ケースにはとても入らないが仕方がない.どうせケースに入らないのだとすれば,流行の外付けACアダプター電源を使うというのも考えられる.ネットと秋葉原で物色してみよう.
2007/01/04
ステルスデザインは理科らしくない?
長沼伸一郎氏の「ステルスデザインの方法」を出版されてすぐ購入して読んだ.以前読んで感銘をうけた「物理数学の直感的方法」ほどのインパクトはなかったが,とても面白く読めた.この本になぜか興味をもったらしいので娘(9才)に与えた.娘はじっと読んでいたが,そのうち「面白くない」と放りだしてしまった.なぜかと問うと「予想ばかりで理科らしくない」とのことだ.いやはや,これには驚いた.確かに「ステルス〜」は長沼氏にしては歯切れの悪い表現が目立つ.私もそれは気になっていた.イルカの記憶の話にしても仮説としての着想は素晴しいと思うが,証明がなされていない.娘はこの証明のない仮説だけの話をつまらなく思ったようだ.娘の論理を重んじる思考には感服した.親バカかもしれないが,将来はすばらしい研究者になるかもしれない.
2007/01/02
特別攻撃隊
年末に録画しておいた太平洋戦争の硫黄島の番組を見た。硫黄島の戦闘については歴史書や戦史にて十分に知っていたが、番組として見せられると新たに悲しみと怒りが湧いてくる。日本兵は勇敢で知られているが、負け戦になると自決してしまうのを見ると本当に勇敢と言ってよいのか疑問になる。降伏が許されていないから、みな死兵として戦う以外にはなく、そのために必然的に勇敢になっているに過ぎないのではないかと思う。死兵が勇敢であるのは日本に限ったことではなく、欧米の兵隊でも勝利か死かという状況ではみな勇敢になる。
敵への痛手を最大限にするためには、捕虜になって敵にその管理稼動を発生させるのも手だし、遊撃兵となって攻撃を続けるのも手だ。日本兵は一見ゲリラ戦に強いようなイメージがあるが、文化的背景から実は苦手だ。日本人は周りに合わせるのが美徳であるとの考えが根底にあるため、自分で判断せずに回りの判断に合わせて動いてしまう性質を持つ。これは軍隊の集団行動には都合の良い性質だが、自らの責任で判断して行動しなければならない遊撃兵にとっては向かない性質だ。
特別攻撃隊でも周りに合わせるという日本人の性質が裏目に出て、犠牲の割に効果の薄い攻撃方法だと分かっていても、反対する人は少なかった。これは周りに合わせたということもあるが、他に国や家族を守る方法がなかったからということもあるだろう。通常爆弾での反復攻撃ができる技量を持つベテランパイロットでさえ、特攻隊として出撃していった。統計データによると約2千機(統計により異なる)の特攻機が出撃したが、正規空母、戦艦、巡洋艦などの主要艦艇は1隻も沈めることができなかった。このデータから特攻攻撃は愚かな攻撃方法であると歴史家は結論付けている。養成するのに時間のかかるパイロットを無駄に消耗させたのだから、戦略的には失敗であることはまちがいない。ただし、統計データを良く吟味すると違った見方もできる。撃沈30隻強、損傷300隻弱なのである。実に1〜2割の命中率を達成している。これは爆撃の命中率としては決して悪くない。出撃したパイロットの中には飛行時間数十時間の新兵もいたと聞く。援護戦闘機のいない状況で米軍の対空砲火をかいくぐって、これだけの命中率を上げたのは、ひとえにパイロットの国を思う信念が成し遂げた結果だと信じる。
2007/01/01
新年にあたり
新春だが家族と親戚が今まさに闘病しているため、新年を祝うという気分にはなれない。今は祈るのみだ。難しい病気でも、人体に備わっている回復力が働けば何がしか良い方向に向かうはずだ。その回復力が最大限に発揮できるよう、不要なストレスが発生しないように、環境を整えるのが回りの者にできる貢献だろう。
2006/12/17
スリット入り高級スポンジ
主婦の発明なのだと思うが、格子状にスリット(切れ目)の入ったスポンジを3年前に入手した。格子状スリットの効果はまずまずで、食器の狭いところにもスポンジが届いて洗いやすかった。しかし、このスリットスポンジのすごいところは別にある。その耐久性だ。1年間使ってもへたらなかった。普通の3 個100円で売られているスポンジならば1ヶ月でボロボロになるものだ。
この高耐久性はスリットスポンジを商品化企画した際に耐久性が問題になり、高耐久性の素材を探してきた結果だろう。最初は普通のスポンジにスリットを入れて評価してみたのだと想像する。ただでさえ耐久性の低い普通のスポンジにスリットを入れたらあっというまにちぎれてボロボロになっただろう。このままでは商品化はできないということで、いろいろ工夫した結果、高耐久性のスポンジができたのだろう。
このスリットスポンジは最近は見かけなくなった。私のものはスーパーの福袋に入っていたもので、単品で購入したのではないから価格が分からない。想像だが300から400円の値付けだったのだと思う。これでは誰も買わなかっただろう。同じお金を出せば、普通のスポンジなら10個以上買えてしまうからだ。10倍以上も寿命があるとか、とても洗いやすいとかは使ってみないと分からないことで、店頭に並んでいるときは誰もそこまで良いとは思わないだろう。数が売れず、製造中止になったと思われる。我が家ではこれを追加で購入したいのだが、もはやそれはかなわない。残念だ。